「そぎ落とす人生の後半」〜置手紙〜

なあ、オマエサン。

木曜日に二回目のワクチン接種をして最初の週末。

副反応で体のだるさが昨日まで三日ほど続いた。
自分的にはそういう状況もあってオフであった。
ただ、自分の外側からは、それとは無関係に色々と振ってくるし、喜怒哀楽も飛んでくる。

そんなもんである。
仕方のないことだ。
どうにもならない。

自分の外側は全くコントール出来ないものだ。
個々の立場や経緯、感情で構成されている自分の外側。
これはもう、如何ともしがたい事実である。

ただ、それで落ち込むわけではない。
ひねくれたり、卑下するのでもない。
想いがあるものを諦めるのでもない。

物事は、なるようになるのではなく、なるようにしかならない。
これを理屈ではなく、感覚で、素で捉えられるようになりたい。

物事は、上手くいけは、ただただ幸運。
物事は、重なり合えば、ただただ幸運。
そうでなくても(上手くいかなかったり、すれ違っても)それは不運ではない。当たり前だ。
それをどうにかしようと執着するのは高慢だし、自分自身も擦り切れるし、余分に消耗する。

だから、外部状況を引きずって、投げやりになることなかれ。
そういうものだと割り切って、また歩み続ければそれでいい。

あと、物事は出来るだけシンプルに捉えたい。

日本人男性の平均寿命が81歳とのこと。
そうすると、47歳の私は人生の折り返し地点を回った後半戦だ。
別に戦ってはいないが。

コツコツと積み上げる前半はもう終わった。
もはや逆に大胆にそぎ落とす後半にしたい。

これまでの余分な経験値も屁理屈も不要。

私にはオマエサンを初めとして、大切にしたい人や物事が少なからずある。
人生の後半においては、もうそれに比重をかけていきたい。

自分の外側はなるようにしかならないと対応し、内側の余分なものについてもそぎ落としたい。
まさしく「そぎ落とす」ことが、我が人生の後半のキーワード。

副反応のだるさに包まれて横になりつつ、自分を整理してみた。

青春は回り道。

ありがとう。

最優先領域ぞよ
6匹の小動物も家族

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