なあ、悠詩
今日に至るまでよく考えたら贅沢だと思う。
二年ちょっと前、全額出資してもらって会社を設立した。
それまでいた会社から独立する形であった。
自分で事業計画書を作ってゼロから進めた。
それまで抱えていた部署40名ほどがそのままスライドした。
それまでのコスト部門が主体的な営利部門となった。
その一年前から中国の某会社の実質的な代表を務めていた。
こちらは元々あった70名ほどの会社を引き継いだ形だ。
やや混乱していたので安定させることがミッションだった。
この会社は上記のように後に設立した会社と関係がある。
三年ほど日本三週間、中国一週間滞在するの生活が続いた。
まるで二つの物語を同時に生きているようで刺激的だった。
同様な立場でも接し方など切り替わる自分が新鮮だった。
どちらも雇われ社長なので制約も多く保守的になりがちだ。
しかし同年代でなかなか経験できないことをさせてもらった。
短い期間なので経営が何たるや入り口ほどしか見ていない。
少なくとも向き不向きはなんとなくわかった。
なんとなくであるが。
そして三ヶ月前に両方バトンパスした。
持病が悪化したからだ。
それも想定以上だった。
それでも冒頭に贅沢と書いた。
なぜか?
勝手に会社を作って勝手にやめた。
それも自分にリスク(持ち出し)のない全額出資である。
加え、兼務で中国の生活や文化、事業に触れることができた。
そして今は生まれたての子供とべったり一緒に過ごしてる。
贅沢を通り越して我侭かもしれない。
お金を払ってもなかなかできないかもしれない。
ただ、この代償が病気の悪化いうことだろうか。
これで失ったものもある。
目に見えるもの、見えないものそれぞれある。
だがそれも受け入れよう。
どちらもこれから前に歩んで生きたいと思う限り必然なのだ。
ここ数年の自分。
そして中国での自分、日本での自分。
何を考えていたのかここで少しずつ振り返ることにしよう。
この世に生まれたことは運命。
生まれてから起こることはすべて宿命。
感謝と反省を忘れず歩んでいこう。
from オトウサン
—悠詩(0歳10ヶ月) with 父(33歳) and 母—