「プロセスの本質」〜置手紙〜

なあ、オマエサン。
終わったことに執着しても元には戻らない。
あれこれ先回りして想像してもそれは現実ではない。
昔から自分の中で大切にしてきたこと。
個々それぞれが自分の価値観と経緯を胸に生きている。
基本的にはそれを尊重したい。
押し付けたくないし、押し付けられたくもない。
人生は公私ともに人間関係から形成されている部分は多い。
「私」は出来る限り個々の価値観と経緯を踏まえて汲み取りたい。
「公」は出来る限り個々の価値観と経緯に基づいて割り切りたい。
根幹は同じでもアウトプットは異なる。
昔から付き合ってきた「自分」は他人の言動に過敏になる傾向がある。
もちろん今もある。
人の数だけ価値観と経緯がある。
それが重なり合えば幸運。
それが重なり合わなくても当然。
目に見えたり、耳にする言動に執着するのはやめたほうがいい。
人間関係の本質は、人にどう思われるかではなく、自分がどう思うかではないか。
もちろん、人間だから喜怒哀楽がある。
大事なのは良いことも含め、それらに執着せずにそこから離脱することではなかろうか。
そうすることが物事が進みゆくこと、プロセスというものではなかろうか。
少し車を走らせたスーパー銭湯でふと思う。
青春は回り道。
ありがとう。

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