なあ、オマエサン。

昨夜、成田に着いた。
自宅に帰るバスの出発まで少し時間があったので展望台に行った。
一人ベンチにたたずむ。

飛行機が着陸したり出発している。
室外の展望台なのでものすごいエンジン音だ。
決してうるさくなくむしろ心地良い。

出発していく飛行機は見ているだけで胸躍るものがある。
到着していく飛行機は見ているだけでせつなさを感じる。

始まりがあれば終わりがある。
終わることは始まりでもある。
一時(いっとき)だからこそ素晴らしいものがある。
だけどそれは決してまやかしでなく積もりゆく真実である。

旅は人生であり、人生は旅である。
始まりと終わりの繰り返し、積み重ねだ。
スパンが短いものもあれば長いものもあり、それ自体にたいした意味はない。

そう、やはり人生は人にどう思われるかでなく自分がどう思うかだ。
大切なものを見つけ、それを守り抜く様が自体が人生だ。
大切なものを見失い、傷つき涙を流すことだってあるだろう。
だけど一番大事なことは大切なものを確証することや他人に説明することではない。
それを信じ抜く様、守り抜く様こそがすべてなのだ。
コントロールできない他人の感情や結果でなく、自身に向き合う過程がすべてなのだ。

過程とは点でなく線なのだ。
頼りなくおぼろげな線もあれば生き生きとなめらかな線もあるだろう。
ここから前に歩いていきたいと思う限り、起こることすべては必要な線、即ち、宿命だ。

そう、納得してもらい、理解してもらい、受け入れてもらうことが人生ではない。
だから他人からすると閉鎖的だったり理解されないことだって多々起きる。
それは仕方の無いこと。
それもまた、いや、それが人生そのものだ。
もう何も案ずることはない、背負い込む必要もない。

私にとってこの一週間は明らかにターニングポイントとなる日々だった。

なあ、オマエサン。
あなたの存在がトウサマに教えてくれた。
目覚めさせてくれた。

ありがとう。

いつかきちんと伝えたい。
あなたが同じことに直面した時に。

ほら、時は来た。
私はそっと、そっと動き出す。
最終章、カーテンコールは近い。

from オトウサン

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