なあ、悠詩

異国での日々が続く。
その一コマがこちら。

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こんな異国でオマエサンの写真をふと眺める。
親になったという時間が徐々に湧いてくる。

親という立場に立って少しだけわかったことがある。
私は自分の親に対してだいぶ不義理な言動をしてきたなと思うし今もしているのだと。

でもそれは親だからこそできるという矛盾もある。
しかもそれは一方的であって理解してもらったり納得してもらうという次元ではない。

人からすれば甘えているだけなのかもしれない。

だけど私には状況に合わせて表面的に変化しても内面的には変化しない想いが確実にある。
決して状況に麻痺して変わってしまったわけではない。

きっとオマエサンも分かるときがくるだろう。
人と人の関わりというものは理解してもらったり納得してもらうことがすべてではない。
それに終始しないで本質を忘れないでほしい。
想いという灯火が胸にしっかりあるかどうかが本質なのだと。

言葉や態度で伝えないと伝わらないのかもしれない。
誤解もされるだろう。
だけど言動には出なくとも親という灯火は私の胸にしっかりとある。

もちろんカアサマにもオマエサンに対しては尚更そうだ。
しかもこちらは素直に言動で伝えられる部分が多い。
これはこれでとても素敵なことだし精一杯そうしたい。

想いの表現は様々である。
伝えられなくても、そして伝わらなくても胸に存在する想いを大事にして欲しい。

from オトウサン
—悠詩(0歳1ヶ月) with 父(32歳) and 母—

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