「罪と罰」~置手紙~

なあ、オマエサン。
昨晩の出来事。
自主的なドリル勉強の時間。
ページを指定して、答え合わせ、採点も自分でやらせる。
一学期と違って、自主性を高めたつもりだ。
最近、苦手な算数がほぼ満点状態が続く。
昨晩、答え合わせ後、やはり満点というので、少し見てみる。
すると、どうやって計算したの?と聞くと戸惑うオマエサン。
計算した履歴も無い。
突っ込んでみると、全く出来ない。。。
それ以外もほとんど駄目。
つまり、答え合わせ時にカンニングが発覚。
満点どころか0点に近い。
追及すると、この数日、こういう感じだったらしい。
怒りを通り越して呆れた。
怒られるのが嫌なのと、早く終わらせてゲームがしたかったと言う。
面倒だからと自主性という名の元に任せていた私自身の反省も感じる。
隠していた学校でのテストも出てきた。
やはり算数の点数が良くない。
一緒に寝ながら、本当に大事なことを伝える。
■カアサンは成績が悪いと塾にというが、私は今はまだ嫌だ。
■塾が悪いのではなく、自分が進路の為に必要と思った時にはそれも必要。
■真面目に取り組んで、出来ないのは仕方がない。
■繰り返し頑張っても成績が良くないのも仕方がない。
■その時は、勉強以外で志向があるものを応援しよう。
■人には向き不向きがある。
■だけど、ある程度進学すると、人生の選択肢が増えること。
■何よりも駄目なのは、身近な人にごまかすこと。裏切ること。
明日から、また出直そうと約束して寝た。
だけど、罰も与えた。
1.今月は友達と遊ぶの禁止。
2.今月はテレビも禁止(自分の見たい番組や録画が対象)。
3.今月はゲーム機やタブレット類の電子デバイスも禁止。
許されるのは、漫画とプラモデルだけ。
せっかく、初代ガンダムの映画を一緒に見ている途中だったのにね。
仕方ないだろう。少しは痛みを感じてもらわないと。
勉強内容は、ある程度は挽回できる。
だけど、ごまかすのを早く覚えるとそれは生活習慣になってしまう。
私は立派な人間でも父親でもない。
すべて私の反省に基づくオマエサンへの置手紙なのだ。
そして、オマエサンを通して自分自身も見つめ直すのだ。
ありがとう。
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